アロハストリート・ジャパン 土屋です。
7月10~12日の3日間にわたり第9回「フラ・ホオラウナ・アロハ」が開催されました。
なんと、昨年に引き続き、ハーラウ・カ・リコ・プア・オ・カラニアーケアが再び総合優勝を手にしました!
(グループ・ワヒネ・ディビジョンで1位、グループ・クプナ・ディビジョンで2位)
ハーラウ・カ・リコ・プア・オ・カラニアーケアの代表を務められているのが、
左和子.マカアロヒロヒ 山﨑先生です。
「フラ・ホオラウナ・アロハ」開催直前に、日本にいらしている左和子先生に貴重なお時間を頂き、インタビューさせて頂きました。
素晴らしいキャリアをお持ちの左和子先生に初めてお会いするので、緊張しながら新橋の教室に伺ったんですが、とても気さくで明るい先生で、フラとの出会い、フラにかける思い、フラを始めたいと思っている方へのメッセージなど、時には冗談を交えながら熱く語って頂き、楽しいインタビューになりました。
-フラと出合ったきかっけは?
母が昔、カルチャースクールでフラを習い、私も1歳8ヶ月から日本舞踊を習い始めて、「踊る」という事に対して何も抵抗がない家庭で育ちました。母親の通っているフラ教室に一緒に行った際に初めてフラダンスを見た印象は、「何これ?盆踊りみたい!」というのが第一印象でしたね。しかし、家族でハワイに行って見たフラは全く違い、これだったらやってみたいと思ったのがきっかけでした。身体を動かす事が好きだったので、日本舞踊から始まり、エアロビなんかもやったり、踊るだけじゃなくスポーツ全般は好きでした。大学が教育学部の体育専攻だったので、生徒さんにフラを教えるという部分でも役立ってるのでは?と思っています。
-フラを習いにハワイへ渡ろうと思ったきっかけは?
ハワイで見たフラが忘れられなくて、日本で習い始めたんですけど、やっぱり何かが違うと自分の中で違和感があったんです。そんな時にメリー・モナークのビデオで、後に師事を仰ぐ事になるクムのフラを見て、鳥肌が立つくらい感動したんです。それで「私もこのクムに習いたい!」と思い、知人を通じて紹介してもらい、1989年にハワイに渡りました。
-ハワイへ行かれて、メリー・モナークに初めて出場するまで、2年弱。この短期間で出場出来たのは、やはり小さい頃から踊りを習っていて、センスがあったからでしょうか?
踊りを習っていたので、センスはあったかもしれないです。ただ、ハワイに行ったからには、行っただけの意味を残したいと思ったし、それが私にとってはメリー・モナークの舞台に立つ事だったんです。見て感動したメリー・モナークの舞台にハラウの一員として立って、今度は踊って感動したい。その強い思いがあったから、出来たんだと思います。
-実際に、メリー・モナークで入賞された時の感想をお聞かせください。
踊っている時は、「うわぁ~、私ここで踊ってるんだ!」と興奮していたので、感動を実感出来たというよりは、とにかくその舞台が、嬉しくて楽しくてという気持ちの方が大きかったです。後で友人が撮影してくれたビデオを見て初めて、感動を実感出来ましたね。
-今までに何度もメリー・モナークに出場されていますが、1番思い出深いコンテストは?
自分が初めて出た舞台も思い出深いんですけど、自分の中では1991年~1999年まで出ていて、もうそろそろ出場するのをやめようと思っていた時に、私の生徒が「メリー・モナークで先生と一緒に踊りたい。」と言ってくれたんです。生徒と一緒に踊る舞台はまだ経験がなかったので、これを最後にしようと思って出たメリー・モナークも思い出深い舞台の1つですね。
-フラ教室を開こうと思ったのは?
1991年に初めてメリー・モナークに出て、当時師事していたクム(現在のクムのお母様)に、「私がここまで成長出来た恩返しを、どうすれば返せるのか?」と聞いたところ、「フラは伝統芸能。私に返すのではなく、次の世代に伝えて欲しい。それが最大のお礼よ。」と言われ、自分が教室を開き伝統芸能を正しく伝えていこうと思ったのがきっかけでした。
-ハワイでも日本でも、生徒さんに教えてらっしゃるんですか?
ハワイと日本では私の立場が少し異なるんです。ハワイではクムがいて、そのクムの下にアラカイ(※)がいます。ハワイにはハワイのアラカイがいて(左和子先生は日本のアラカイ)、コンテストが近くなると、アラカイ同士が一丸となり生徒の面倒をみるわけですが、私は基本的にハワイでは一生徒に戻ります、アラカイもまだまだ習う立場ですから。クムのお手伝いをしながらも、一生徒としても学んでいます。生徒として教わる側の感覚も忘れずにいられるので、楽しんで踊っています。
※クムの代行を勤める人。
-左和子先生の今後の目標は?
今後は、コンテストに出たい生徒の指導をしていきたいと思っています。コンテストに出るという目標を持って練習するという事は、精神的にも強くなります。辛いことを乗り越えて頑張ったという自信が、後々の人生に必ず役に立つ。そのサポートが出来ればと思っています。
-教室はどんな雰囲気なんでしょうか?
現在教室は、6ヶ所ありまして、私が日本に来た時は、出来るだけ沢山の生徒と会う機会を作るようにはしています。ハワイを拠点にしてるんで、なかなか難しいんですが・・・。どのクラスもみんな明るく楽しく踊ってますよ。うちのハラウは、子どもを生んで復帰するのが当たり前なんです。フラはご飯を食べる事と同じなので、妊娠したからと言って辞める必要も全然ないんです。みんな9ヶ月目ぐらいまで踊っていますよ。復帰してからは、教室に子どもも連れてくるので、自然にフラに触れる時間が生まれるんです。見よう見まねで踊り初めて、ケイキフラを始める子どももいますね。自然な流れで次の世代に引き継げているなと思うと、嬉しいですね。
-生徒の皆さんは長く続けてらっしゃる方が多いんですね。
日々の生活の中で、みんなが色々なストレスを持ってると思うんです。だから1週間に1回教室に来て、仲間と笑いながら楽しく踊る事で、心が洗濯と言うのかな?うまく解消してると思うんです。だからみんな長く続けていけるんだと思います。教室で出来た仲間と踊った後に食事に行ったりすれば、更にリフレッシュ出来て、また1週間頑張ろうって思ってもらえると思います。習い始めて上達していくとどんどん楽しくなっていく、それも魅力の1つだと思います。
-コンテストに出られるクラスの練習量は相当なものですか?
他のクラスと違う点は、やはりコンテストで入賞するという大きな目標があるので、練習は楽ではないです。他のクラスは踊っていて楽しいんですが、コンテストを目指しているクラスは勝つ為の練習なので、勝った時に初めて楽しいと感じる事が出来るクラスです。クラスの中の生徒さん同士は楽しくやってますが、練習自体は厳しい事が多いですね。
-これからフラを習いたいと思っている方へのメッセージはありますか?
フラは単に踊るだけではなく、根本に流れているものが、「全てに対する愛」なんです。それは、自然愛、ご先祖への愛、人間同士の愛であったり・・・。それを理解して踊ると優しい気持ちになり、普段当たり前と思ってしまっている物に対して、改めて敬い感謝する事によって、踊りも変わってきます。そうすると、フラが更に楽しくなっていきます。うちの教室にも様々なクラスがありますが、フラはコンテストだけが目的じゃなく、楽しくフラを踊る事にも意義が絶対にあると、私は思います。楽しく踊るためにも、フラの根底に流れているものを、きちんと理解し、伝統があるものなんだという誇りを持って学んでもらいたいですね。
インタビュー翌日にははハワイへ戻られて、生徒さんの参加されるコンテストのお手伝いをされるという多忙な左和子先生。
これから次の世代へ伝統文化であるフラを伝えていくという熱い思いが、インタビューをしていても強く感じました。お忙しい中お時間を頂き、ありがとうございました!
インタビューの後に、45歳以上(クプナ)コンペティションクラスがあったので、少し見学させて頂きました。
皆さん教室に入って楽しくおしゃべりしながら、練習着に着替えられ、まずは柔軟から始まり、鏡に向かって整列し、左和子先生が一番に入られて、練習が始まります。踊り自体はゆっくりで優雅に見えるんですが、かなり体力を消耗するフラ。皆さん身体も柔らかくスタミナもあり、元気で驚きました。
休憩中に皆さんにお写真をお願いしたところ、突然のお願いにも関わらず快く引き受けてくださいました。
左和子先生を中心に、背の順で立ち位置を決めていかれたんですが、その時も笑い声が絶えず、見ているこちらも笑顔になってしまう微笑ましい雰囲気のクラスでした。
【フラ・ホオラウナ・アロハ2010】
1日目エキシビション「ホイケ」の様子はこちら
⇒⇒ http://www.aloha-street.com/eventreport/2010/07/post-49.html
2日目コンペティションの様子はこちら
⇒⇒ http://www.aloha-street.com/eventreport/2010/07/post-50.html
3日目 ワークショップ&アロハ・パーティの様子はこちら
⇒⇒ http://www.aloha-street.com/eventreport/2010/07/post-51.html
「ハーラウ・カ・リコ・プア・オ・カラニアーケア」の詳細情報はこちら!
http://japan.aloha-street.com/school/dp/50048
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